加速器の仕事にマニュアルはない
日々学びながら研究する
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
加速器研究施設 加速器第四研究系
保有資格 第二種電気工事士(2001年)
※内容は2024年6月時点のものです
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究所(以下KEK)は、加速器と呼ばれる装置を使って基礎科学を推進する研究所です。高エネルギー加速器は、電子や陽子などの粒子を光の速度近くまで加速して、高いエネルギーの状態を作り出す装置です。また、KEKでは最先端の大型粒子加速器を用いて、宇宙創成の謎や物質や生命の根源など、人類の知に貢献する基礎研究を推進しています。(KEKホームページより)
私が勤めているKEKつくばキャンパスには、SuperKEKBの他に、電子・陽電子入射器(LINAC)、フォトンファクトリー(PF)、フォトンファクトリーアドバンストリング(PF-AR)、先端加速器試験装置(ATF)、超伝導リニアック試験施設(STF)、コンパクトERL(cERL)という加速器があります。
その中でSuperKEKBは、周長約3kmの巨大な装置です。リングと呼ばれる真空パイプの中で、電子と陽電子を光の速さ近くまで加速し、その電子と陽電子を衝突させて実験を行います。
衝突させることで生成される複合粒子等を研究し、新しい物理現象を発見することが実験の目的です。
図1のように、SuperKEKBのリングは円形で、粒子が周回できるようになっており、電子周回用の「電子リング」と陽電子周回用の「陽電子リング」があります。この2つのリングを「メインリング」と呼んでいます。
入射された電子と陽電子(ビーム)は、リングのBelleⅡという測定器のある衝突点で衝突します。その制御には、電磁石(コイルに通電して磁石にする)を使用します。
電磁石にはビームを曲げる「偏向電磁石」、ビームを収束させる「四極電磁石」、ビームの軌道を微調整する「補正電磁石」などがあり、合わせると数千台にもなります。また、陽電子ダンピングリングだけでも、1.2MW程度のとても大きな電力を使用しています。
私は、SuperKEKB Beam Transport line(BT)のグループに所属し、電子・陽電子入射器とメインリングの間と陽電子ダンピングリング(図2の黄色の部分)の電磁石、電磁石電源について、運用管理を担当しています。また、電気工事士としての知識が活かせる職場でもあります。
夏季は加速器運転を停止し、メンテナンス期間となります。その間は、比較的時間がかかる電磁石、電磁石電源のメンテナンスを行います。電源の安定度を確認するリップル測定や、機器に異常が発生した場合に電源を停止する、インターロックという仕組みの試験など、この期間でなければできないことが数多くあります。また、作業内容によっては業者に依頼して進捗管理も行います。
SuperKEKBの性能は、衝突反応のおきる度合い(ルミノシティ)で表されます。ルミノシティを上げるには、ビームを安定して周回させることが不可欠です。ビームの軌道は各電磁石で制御しますので、電磁石に通電している電磁石電源は、SuperKEKBの性能に直結しています。
私が担当している電磁石電源は、DC(直流)電源で商用のAC(交流)電源とは異なります。電源の安定度がそのまま電磁石の磁場に現れるため、ビームの性能に直結します。また、電源棟や電源本体の温度は電源の安定度を左右する要因です。電磁石は水冷のものがほとんどで、温度管理は重要となります。
陽電子ダンピングリングという1周135m程のリングでビームの質をきれいに整えていますが、ある条件下で、ビームが揺れる問題が確認されました。調査をすると、ビームが通っている真空パイプ(チェンバー)の温度に依存していると判明したため、チェンバーを冷やしている冷却水の制御方法を温度によるON/OFF制御から、フィードバック制御の一つであるPID制御に変更しました。これにより、ビームモニターを安定させることに成功しました。(下の写真参照)
最先端の研究を行っていますので、電磁石電源の維持管理だけではなく、電気工事士の知識を活かして、開発を手がけることもあります。その開発での仕事が加速器の性能向上に役立った時は、心の底から嬉しさを感じられます。また、自分のアイデアを比較的自由に試せるところに楽しさや「やりがい」を感じています。
実例ですと、ビーム測定のため、1つの電源で複数の電磁石を切り替えてドライブできる電源切り替え装置を開発しました。以前から似たような装置はありましたが、制御に特注の専用基盤を使用していたため、コストがかかっていました。この装置を新たに製作するのあたり、汎用のPLC(Programmable Logic Controller) で構築し、費用を抑えました。また、仕様の変更があった際にはプログラムの書き換えを行うことができるので、比較的容易に対応ができます。また、この開発にも電気の専門知識が役に立ちました。