柳谷 陽昭 さん
令和7年度

高い知識と創造力・技術力を
持つ人材を地域と協働で育成

柳谷 陽昭 さん
柳谷 陽昭 さん

福井県立科学技術高等学校 電子電気科 教諭

代表者インタビュー

※内容は2025年2月時点のものです

柳谷先生が所属する福井県立科学技術高等学校は、令和2年度~令和4年度までの3年間、文部科学省から指定を受け、地域との協働による高等学校教育改革推進事業プロフェッショナル型(以下、地域協働事業)を実施しました。また、学校と連携し事業を推進する目的で、自治体や地域企業、大学などが参加しました。

本稿では、柳谷先生からお伺いした同事業への取り組みや成果に加え、事業に参加した当時の生徒や企業の方々に伺ったお話もご紹介します。

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地域協働事業について詳しくはこちら(外部サイト)

 

地域協働事業は、予め3年間の教育方針が大まかに決められており、方針の詳細は学校で設定します。

1年目:地域企業への訪問見学と資格取得による知識と技術の習得

生徒は、地域企業の見学から福井の産業を学びます。また、高度技術者から指導を受けることで先進技術を肌で感じ、資格の意味を理解します。そして必要とする資格を取得し、確かな知識と技術を習得します。

2年目:産業技術探究授業での課題の探究

生徒は、インターンシップ等で積極的に地域と関わり、それまでに得た経験と習得した知識をリンクさせながら、疑問や課題について探究を行います。また、生徒は積極的に自治体や地域企業、大学などへ出向き、意見交換を行います。

探究授業は、学校として新しい試みであり、教職員は生徒に教えるのではなく、サポートする役割に徹します。

3年目:課題の解決と成果の発表

生徒は、学校内だけではなく、地域と協働しながら、2年目の探究で生まれた課題に対し解決する取り組みを行います。そして、その成果を課題研究発表会で公表し、地域に還元します。課題解決授業も新しい試みです。

 

2年目の探究授業の中で、電子電気科の生徒は、電気業界の人手不足と電子電気科を志願する中学生が減少している現状を把握します。そして「なぜ、電子電気科には人が入ってこないのか?」という疑問が生まれ、探究グループの一つがその疑問に対して真剣に向き合います。

さて、その疑問への解決案とは?

事業の実行委員であった電子電気科の柳谷先生に、同科での地域協働事業の詳細と、電気技術者の育成について伺います。

 

 

地域協働事業ですが、スタートは大変だったのではないですか?

本校は、もともと文部科学省が指定するスーパープロフェッショナルハイスクール事業(SPH)の指定校を目指していました。ただ、SPH事業が終了し「地域協働事業」へ移行するとのことで、地域協働事業での指定校となりました。
当初の方向性は変えずに、高難度資格の取得をベースにした指導方針を予定していましたが、コロナ禍の状況から集合指導が難しくなり、生徒の資格取得に対する意欲低下が懸念されました。
そこで、この事業にご協力いただいている地域企業と相談し、生徒に地元の工事現場などを積極的に見学させて、仕事への興味や関心を高めることからスタートしました。そして、そこから進路指導へ上手く繋げていく。
今までですと、電気工事といっても教科書の内容や授業の中だけの話でしたが、実物や実機を見ること、現場を見学することで、生徒に資格の必要性を理解してもらい、授業と仕事に強い繋がりを持たせるようにしました。

 

実施2年目、生徒に「配線工事安全技能競技会」を見学させましたが、生の現場の緊張感や、安全作業のための確認事項・合図・かけ声など、生徒には授業だけでは伝えきれない、基本的な安全作業の大切さを肌で感じてもらうことができました。また、大会関係者との交流で、生徒は自分達がこの業界に必要とされていると強く感じたようでした。

 

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・配線工事安全技能競技会の様子

その後、生徒の意識はどう変化しましたか?

生徒は、以前にも増して仕事や資格に強く興味を持つようになりました。
技術的なレベルアップを目的とした高度技術者による実習授業や、地元企業を学校に誘致して仕事を体験する授業を実施した時も、生徒は積極的に技術者や担当者に質問をして、技術的なことからその業界の現状まで、広範囲で情報収集をしていました。
生徒全員に地元企業へ3日間のインターンシップも実施しましたが、その際に、このような資格がある、この資格を取っておいた方が良いと親切に教えてもらったようで、生徒の間で情報の共有が活発になりました。そこから、私もその資格を取ろう、それでは私もと、希望する仕事に有効となる資格を積極的に取得する輪が広がっていきました。その効果もあり、令和3年度の第一種電気工事士試験では、全国高校生合格者ランキングで1位(電気書院調べ)を獲得できました。

 

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・インターンシップで指導を受ける生徒

生徒に知識、経験、意欲が揃いました。次は課題の探究ですね。

生徒には、大きな枠組みではなく、高校生の目線で「電子電気科が抱える問題点や悩み」を課題にするように提案しました。そこから生まれた課題の一つが「どうして電子電気科に人が入ってこないのか?」です。
生徒は、地域と繋がったことで業界の人手不足の現実を肌で感じており、電気技術者が小中学生に知られていないこと、電子電気科を志願する中学生が減少していることも知りました。
入学後、電気技術者は思っていた以上に誇れる職業だと感じている生徒が多かったので、余計に「なぜ?」という思いが強く、議論が加速しました。

 

議論は「小中学生にどうやったら電気に興味を持ってもらえるのか」の問いから始まり、小中学生に敬遠される理由の探究へ移行しました。そこでは、電気で扱う記号や計算が複雑そうに見えることや、電気技術者のイメージが暗いという意見が出ました。そして、そもそも自分達が電子電気科を志望した動機は何だったのかという、自分自身への探究へ繋がっていきました。
話し合いの中、電子電気科への志願者が少ない理由として、学校からの情報発信が少なく、実際に生徒が授業で何をどのように学んでいるか、小中学生や保護者には全く見えていないことや、学校の知名度やPR不足も原因ではないかという結論へ集約されていきました。

 

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・探究授業の様子

解決案は、どのようになりましたか?

学校の知名度を向上させることを最終的な解決案とし、楽しさや魅力を積極的にPRする目的から、SNSで積極的に情報発信をする案や、地域の小中学生を対象に体験授業を開催する案がでました。
SNSについて探究チームは、ただ流行っているとか、何となくという理由ではなく、中学生のSNS別の利用率やSNSの特性、中学生が高校の情報をどうやって収集するのか調査しました。そして、他校のSNSも参考に、発信したコンテンツとの相性を踏まえ、探究グループは情報発信に「インスタグラム」を選択しました。
多角的視点の育成という観点から、その公開については、クラス間から他科、他学年の実行委員のメンバーへと段階的に公開範囲を広げ、掲載記事の感想や活用方法のアイデアを出してもらうようにしました。

 

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・科学技術高等学校のインスタグラム画面

経過は順調でしたか?

インスタグラムでの情報発信は、各種イベントの様子や、ものづくりの様子など、楽しく撮った写真を載せるようにしました。ただ、生徒が写真には写り込みたくないとか、学校としての制約から、ありのままでの情報発信が難しいケースがありました。

体験授業は、中学生への電気工事士体験授業を開催し、生徒は資格取得で得た知識と技術を分かりやすく伝える指導役となり、参加した中学生や保護者から「わかりやすい」「頼もしい」と感想をいただきました。

 

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・中学生への電気工事士体験授業

 

ものづくりを担当するチームは、ただ製作するというのではなく、相手が何を求めているのか「聞く」ことで、より良いものを作り出す「協働」を意識していました。新聞閲覧台では、小学校や生徒と、カウントダウンボードでは福井市役所と幾度も打ち合わせを行い、利用する人にとってより良いものになるよう製作しました。
寄贈後、新聞閲覧台は小学校の図書館に、カウントダウンボードは市役所1階のホールに設置していただきました。

 

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・福井市役所での「カウントダウンボード」お披露目式

地域との関係性はいかがでしたか?

自治体や地域企業、大学など、外部の方々で構成する「コンソーシアム委員会」を組織しました。

各委員の方々からは、地域協働事業の方向性について教職員への提言や助言、課題探究や課題解決内容に対する生徒へのアドバイスなど、委員会の中で協働していただきました。
具体的に、1年目では、地域と学校、生徒が協働するビジョンや方向性について、2年目では、福井のPRと魅力発信、3年目では、その魅力発信について、生徒が導き出した解決手法への客観的な評価など、各委員の方々には事業全体を大きくサポートしていただきました。

その結果として、全体の学習が教育現場だけで終了するのではなく、地域企業や地域住民の方々と密接な繋がりを構築し、学校で学べない内容は、企業や大学から学び、得た知識や技術を次年度へ継承するという「循環型の教育システム」が構築され、それを継続的に発展していける環境になりました。
生徒の変化はとても大きく、地域と繋がることで、学校での活動だけでは到達できない次元へと成長できた生徒が大多数となりました。また、教職員の変化もあり、学校内での授業実習だけでは知り得ない知識や技術に触れることができ、教職員で分からないことは、繋がりがある専門家に聞いてみるという柔軟な対応ができるようにもなりました。

ここからは、当時の生徒で、現在は電気工事士として活躍中の小向さんにお話を伺います。今振り返ってみて、3年間の授業でやったことは今に活かされていますか?

私は、北陸新幹線福井開業カウントダウンボードを製作するチームに所属していました。

学校は、各種の資格取得を大きな目標の一つとして掲げていましたが、それ一辺倒の授業ではなく、1年生の時から現場見学や体験授業などで、数多くの地元の方々と関わる機会に恵まれました。

そこでは、挨拶の仕方や言葉使いなどの基本的なビジネスマナーに加え、意見を分かりやすく人に伝えること、助言などの本質を正しく理解すること、基本的なコミュニケーションの取り方など、3年間の授業の中で、社会人として必要とされる実践的な経験を数多く積むことができました。
正直、在学中にはよく判らなかったのですが、実際に社会に出て、その時の経験の重要性が身にしみて理解できますし、未だにその経験によって助けられることもあります。
また、当時、チームの内外を問わず、生徒は課題や目標に対していつも議論をしていました。「誰かのためにできること」を主軸に、市役所や地元の企業へ助言を求めることも頻繁にありました。目標について他の考え方も受け入れ多角的な視点をもつことや、中途半端に放置せずに相談することなど、今の私にしっかりと活かされています。

 

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・福井市役所との打ち合わせに参加する在学当時の小向さん(左手前)

次に、地域協働事業に協力された企業の担当者様へお伺いします。
地域協働事業の実施前と後で、学校や生徒との関係に変化はありましたか?

地域協働事業の開始後から、徐々にではありましたが、生徒への育成方針など、具体的に理解できるようになりましたし、それに対する連携も、以前よりスムーズにできるようになっていきました。
今までですと、卒業生を受け入れて、その後に追加で資格を取得させるなど、1から育成をしていく流れでしたが、学校との連携が密になっていったことで、企業が求める人材像を学校へ伝え易くなりました。また、現場の実情や業界の変化などを学校へ伝え、今後必要となると予想される様々な資格について共有できるようになりましたし、生徒に実務で必要となる様々な資格の取得を目指してもらうことで、的確な採用とスムーズな育成ができるようになりました。その結果、採用後の仕事内容によるミスマッチが軽減されたことで、離職が少なくなりました。
もう一つ、今までも採用した卒業生が在校生の体験授業や技術指導に伺うことがありましたが、協働事業を実体験している卒業生は、人に伝えることや質問されることに慣れていて、より地域と学校の繋がりを円滑にしてくれていると感じています。

 

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・学校では、卒業生が就職先で頑張る姿が紹介されています

 

生徒との関係ですが、協働事業実施中にインターンで生徒を受け入れた際、今までと比べ、生徒達の仕事への探究心が強くなっていて、的を射る質問や、今まで聞かれたことがない疑問を提示され、大変驚きました。仕事への理解度や積極性があるため、しっかりと受け答えができる生徒が多く、相互に有益な情報を共有することで、生徒は仕事や現場をより深く理解できたと思いますし、企業としては、生徒達の成長をより深く感じることができました。

最後に、柳谷先生へお伺いします。
技術者を育成する観点から、この事業の成果をどうお考えですか?

これまで、生徒は資格取得を一つのゴールとして学習していました。実際の現場に触れることもありましたが、生徒へ具体的に興味を持たせる仕掛けがなく、生徒の中には意識が低いまま受験勉強をして資格を取得する者もいました。そのため、苦労して資格を取得しても、電気の世界に魅力を感じなくなり、全く別の業界へ進んでしまう。
この事業を体験した生徒は、地域とのコミュニケーションから現場や最新技術を知り、様々な課題を解決していく過程で電気の世界の魅力を再発見していました。自分が何をしたいのか明確に意識できる生徒が増え、全体的に資格取得に対する意欲も高まりました。そして卒業後、殆どの生徒が電気の世界へ巣立っていきました。
この違いこそ、育成面での大きな成果の一つだと思います。高い知識と技術力を身につけ、地域に貢献する人材を育成するという目標へ限りなく近づけたのだと思います。
学校全体では手探りの状況からスタートした事業でしたが、気づかされることも多く、教員も良い影響を受けています。また、学校と地域との連携についても、以前と比べて明らかに情報共有や協働がやりやすくなりました。
この経験を軸に今後も地域と連携し、より良い環境の中で地域に貢献できる人材の育成と、未来を担う小中学生への情報発信を行っていきます。

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